|
|||||||||||||||||||||||||
Japanese グリーン鑑賞 言ってみれば極めて当然なことのようにも思える ― 子供のためにデザインされた博物館が、どうして子供の健康を害するような展示を設けるだろうか。 しかしこれこそが、 1997 年にウィスコンシンにあるマディソン子供博物館で小さな子供達のための新しいギャラリー・スペースを開発していたブレンダ・ベーカーとジョン・ロビンソンを悩ませた大きな問題だった。彼ら自身も親として、彼らの仕事には付き物のファイバーガラスとプラスチックに囲まれた環境はできる限り避けたいと考えていた。数か月に及ぶ調査の結果、世界中の子供博物館で一般的に使用されているこうした人口素材が小さな来館者にどんなに有害なものであるかが明らかになった。 「小さな子供達のための美しく教育的な探求の空間をつくるという、信念と熱意を持ってこれまで一生懸命やってきた私達の仕事が、実際にはこんなにも有害な物質を使って行われていたということを初めて理解したときの、深遠な皮肉の瞬間を今でもはっきりと覚えています。」と、子供博物館の展示開発・コミュニティ広報マネージャを勤めるロビンソンは語る。「これはとても大きな衝撃でした。」 この発見はこの 2 人のデザイナーが「 First Feats: Celebrating the Early Years ( 初めての試み : 幼児時代を祝って ) 」を開発するきっかけとなった。1998年にオープンしたこの展示は、現在マディソン子供博物館の目玉となっている。5歳以下の子供に焦点を絞った「First Feats」は、子供にも地球にもやさしい自然素材をほぼ完全に使用した、米国初の「グリーン」な展示である。この展示の成功は、子供博物館協会からの2つの大きな賞の受賞をもたらしたばかりでなく、展示の人気と社会的な認識の高い目標がベーカーとロビンソンをさらに駆り立て、彼らに習ってグリーンな展示の実現を目指すデザイナーのためのWebサイトを設立するまでに至った。 4 月に開設されたサイト www.GreenExhibits.com は、明らかに時代を先取りしたこの展示コンセプトをさらに高めるものとなっている。 決断、また決断 マディソン子供博物館の展示ディレクターを勤めるベーカーは、本人もアーティストとして、大学と大学院で油絵具や塗料薄め液、その他さまざまな有害化学物質を使ってきた。それまで材料の選択をそれほど気に留めていなかった彼女を変えたのは、1995年に自宅に新しいカーペットを敷いたときだった。カーペットを入れてからわずか数日のうちに急性薬品中毒を起こし(数年に渡り有害物質に繰り返し晒されていた後の最後の引き金となった可能性もある)、ベーカーは元の体力を取り戻すのに病院で治療を受けなければならなかったという。この経験がきっかけとなり、彼女は過去にアーティストとして、そして現在は子供博物館の展示開発者・デザイナーとして行ってきた素材の選択に疑問を持つようになった。カーペットや塗料で自分がここまで病気になるとすれば、免疫能がまだ未完成な子供達に及ぼす影響は甚大なのではないだろうか。 数年の後、マディソン子供博物館の幼児時代の展示を変革するという決定が下された。ベーカーとロビンソンは以前の展示を元々好んでいなかったという。登るもの、すべってくぐるもの、ボールのつまった遊び場など、ありがちな遊具ばかりの空間は、彼らのテイストからすればあまりにもありふれていた。新しい展示のための調査の中で、 2 人は他の子供博物館を訪れ、他の施設が子供の来訪者の関心を得るためにどんな策をとっているのかを見学した。しかし、そこで見たものも彼らを感心させることはなかった。 「ようするに、私達が見てきたものは、子供達の能力に対する尊重を欠いた空間だったのです。子供達が反応する空間はもっと洗練されたものであってもおかしくないはずです。 ... 多かれ少なかれ、原色を使った、汚れをモップでふき取り易い滑らかなつるつるの表面、といったものばかりでした。」とロビンソンは振り返る。「子供達は美しい、芸術的な空間を楽しむことができる、すばらしい能力を持っているということが私達には分かっていました。私達が言いたかったのは、子供だというだけで赤、黄、青に押し込める必要はない、ということだったのです。」 同時に、ベーカーは自らの体験をきっかけに屋内の空気汚染とそれが持つ子供および大人への影響についても調査した。その結果、いくつかの憂慮すべき事実が判明した。彼女の調査によると、現代の子供は生活時間の90パーセントを屋内で、ファイバーガラス、合板、カーペット、ラテックス塗料、プラスチックなどの「オフガス」有害物質に囲まれて過ごしているというのだ。ベーカーによれば、こうした物質に囲まれた状態では、子供は特に喘息などの呼吸器系の疾患をはじめとする、長期的な健康上の問題に晒されているのだという。 そこで、ベーカーとロビンソンは、新しい展示は抽象的な傾向のものにし、子供達が自然界との触れ合いを取り戻すために役立つ内容のものにしようと決断した。大まかなテーマを決めてしまうのではなく、範囲を決定しない空間にし、隠されたテーマを子供達が自分で探求できるよう配慮する。昔からよく言われているように、子供はおもちゃ自体よりも、むしろおもちゃが入っていた箱と遊びたがるものだ。しかもマディソン子供博物館では、その箱を子供が安全に遊べる材質にすることを目指した。 そして、こうした目標を満たすためにデザイナー達は決断した。「グリーン志向」で行こうと。 グリーン志向 「 First Feats 」を設計するにあたり、ベーカーとロビンソンはギャラリー・スペースを制作する上で、従来からの常識から頭を切り替える必要があった。ファイバーガラスとカーペットが子供の発育に有害であるとなれば、子供に安全な建築素材を見つけなれればならない。医師やグリーン・スペースの制作に 30 年の経験を持つベテラン建築家など、地元の専門家の協力を得た後、来館者の衛生を確実にする唯一の方法は、合成製品に含まれる有害なオフガス、つまり揮発性有機化合物を一切放出しない完全天然素材を使用することであるという結論に達した。 「 First Feats 」におけるこうした発想の転換で最も顕著なのは、おそらくモミ材を使った木のフローリングだろう。ロビンソンによれば、子供にはカーペットよりも木のフローリングの方が安全であるということを博物館の理事会に説得することは、最も困難な課題だったという。ただし、これはこの展示空間の数々の革新のうちのほんの一例に過ぎない。「 First Feats 」は全館で唯一の複数階にまたがる展示であり、約 6 フィートの 2 つのプラットフォームが部屋と部屋の間を空中で渡っている。プラットフォームは滑車システムでつながっており、子供達は洗濯物を干すロープのような要領で布を渡し合って遊ぶことができる。 こうしたプラットフォームの下は、大人向けの読書室になっており、大人が静かに子供達を監督したり、子供に本を読んで聞かせたり、「 First Feats 」の背景にあるコンセプトについての資料を読んだりすることができる。その近くには、大きな木綿で覆われた物体があり、四方八方にチューブが伸びている。これはタコではない(デザイナーは固定したイメージを意図していない)が、子供達の想像の中ではそんなイメージが浮かぶことだろう。この「触手」は、それぞれが音や光といった独自の秘密を秘めたチューブなのである。ただし、こうした隠れアイテムについて子供達に伝える表示は一切ない。子供達が自分で発見するためだ。 もう一方のプラットフォームの下には 2 つの部屋がある。 1 つは家を模したもので、子供達は大人のまねをして「食事」を作ったり、赤ちゃん(お人形)の世話をすることを学んだりできる。その隣の部屋はミュージカル室で、子供達が木琴や太鼓を叩いて遊べるようになっている。近くの壁伝いには、フックにスカーフが引っ掛けられている。これらのシンプルな布切れは、「 First Feats 」のコンセプトを最も良く表わしている。これらは、スーパーヒーローのマントから魔法のじゅうたんまで、子供が想像でき得る限りの「何か」として遊べるのだ。 「 First Feats 」には、特に乳幼児向けにデザインされたエリアもあり、ここでは絵画が床に沿って乳幼児の目線の位置に展示されている。このエリアにある木綿のマットの一部には砂が詰められた部分があり、ようやく歩いたり、ハイハイをしたりできるようになったばかりの子供達が、手や足に異なる感触を体験できるよう配慮されている。天井には大きなカラフルなモビールがぶら下がっており、子供達が寝そべっても鑑賞できるようになっている。ロビンソンは、子供達が展示内のどこにいても、何をしていても子供達の心や感覚が刺激されるようにすることを心がけたと語る。木材は自然の色のままに残し、クールでナチュラルなトーンが全体を通して維持されている。スペースは限られていてもできる限り自然光を取り入れるように配慮し、来訪者が外の世界とのつながりを感じられるようになっている。プラットフォームはマクドナルドのジャングルジムのようにではなく、木の上の小屋を模したデザインにした。 「親達がこの空間に足を踏み入れたとたん、肩がスーッとリラックスさせているのが目で見てわかります。」とロビンソンは言う。「親達にとっても心地良い空間なので、子供達の学習体験に一緒に参加しようというオープンな気持ちが湧いてくるようです。」 「ここは博物館の中で最も人気のある空間です。」とベーカーは断言する。「この空間の居心地、外観、空気が、そうさせるのです。」 持続可能性 ある意味で、「 First Feats 」はこの 2 人のデザイナーにとっても不思議の国への冒険となった。子供のための衛生的な空間をつくるといった単純な目標が、まったく新しい建築材の探求へとつながっていった。そしてこうした材質は、「持続可能性」というマディソン子供博物館の新しいコンセプトを生んだ。 持続可能性とは、さまざまな定義または解釈が成される用語だが、総合的な概念としては、「今日利用できる資源が、将来も存在していることを確実にすること」であるとベーカーは定義する。そのためには、社会、経済、そして環境上の問題にバランス良く配慮し、地球とその住民にとって最良の選択をすることが必要だ。理論としては非常に良くできた話だが、実際に実用化し、最後まで貫こうとしてみると、持続可能性とは他に類を見ないチャレンジであることがわかる。 「実現させようとすればするほど、問題の深さに気付かされるのです。」とロビンソンは語る。彼は次のような例を挙げてみせた。持続可能性のある木のフローリングを使用することは、子供にとっても環境にとっても良いことだが、材料をカリフォルニアからウィスコンシンまで輸送しなくてはならないとなると、長距離の運送によるガソリン消費と汚染は、持続可能性の観点からすると、博物館の「グリーン志向」というコンセプトの利点を完全に相殺してしまうのだという。あるいは、材木が植林の行われていない森林から切り出されたものだとすると、これもまたこの調達の総合的な環境上の利益に影響する。(ベーカーによると、半径 500 マイル以内に所在するサプライヤに限定することが基本ルールだという。)同様に、社会的な良心といった観点からすると、労働者が低賃金で長時間に渡って働くことを強いられている第三世界から材料を購入することは、持続可能性に反することになる。 このような理由から、「 First Feats 」を準備するにあたり、ベーカーとロビンソンは常に数歩先を考え、マディソンにおける環境への直接的な影響という枠組みを超えて物事を見つめることを強いられた。条件に合ったサプライヤを探すことは困難だったが、現地の専門家の協力を仰ぎ、そしてただひたすらに信念を曲げないことで、彼らは最終的に理想の材料を見つけることができた。例えば木のフローリングは、取り壊しになったシカゴの古い倉庫から調達した。また、プラットフォームのうちの1つに使用された材木は、地元のアーチストの所有地内で自然に倒木した桜の木を利用したものだ。 持続可能性とは、一部の人には恐ろしい言葉だとベーカーは言う。特に、理事会の椅子に座る者にすれば、この言葉が口にされるたびにキャッシュレジスターの鳴る音が聞こえ、予算が膨れ上がる様子が目の前に見えてくる。しかしベーカーは、これもまた合成からグリーンに切り替えるために超えなければならないハードルの1つにすぎないと語る。天然素材にまつわる欠点は、人口素材よりも高価であるということだ。そしてこれは持続可能性のもう一つの要素、経済的な安定につながってくる。ベーカーとロビンソンによれば、これは単に発想の問題だという。 「最終的には、いかに理事会や地元のコミュニティを説得し、費用を計算する上での発想を転換させるかにかかってきます。」とロビンソンは説明する。再びフローリングの例を用いると、当初の費用はただカーペットを敷くだけの場合より高額になるのは確かだが、木はカーペットよりも長持ちな上に、古くなるほど悪くなるどころか景観は良くなるのだ。それでも、「First Feats」は平方フィート当り$116に抑え、博物館の予算範囲内におさめた(ハイエンドの床なら平方フィーと当り約$160はかかる)。 しかし、これは施設がグリーン化を決断するにあたって費用を気にするべきではないという意味ではない。ベーカーも指摘しているように、グリーン化は、特に構造上の費用を考慮すると経済的には実現不可能な場合もあるという(持続可能な建築材は従来型の材料よりも費用が大幅にかかる)。したがって、グリーンな設備がまったく無しになるくらいなら、一部だけでもグリーンな設備をといった発想も必要だという。 「大事なのは、組織が理想またはゴールとしてこのコンセプトにコミットすること、そして同時に、すべてを一晩のうちに徹底的に作り直すことはあり得ないということを認識することです。何よりも、そうしようという心がけがあることが大事だと思うのです。働きかけなければならないのはそこの部分であり、私達はそれを達成させるためにできることからやっているのです。」とロビンソン。 しかしコミットするという決断を得るのは簡単なことではない。ベーカーによれば、「 First Feats 」が理事会の完全な支持を得られたと実感できたのは、展示が実際に完成した後のことだったという。「間違っていないと解っていたので、とにかく夢中で進むしかありませんでした。」と彼女は当時を振り返る。博物館の役員達が展示を一目見たとたん、問題はすべて解決した。 「全員から認められるためには、上から入って来てもらうしかないのです。でも今はそうなっていると思います。」とベーカーは言う。 アイデアを広めていく ベーカーとロビンソンがこの春に GreenExhibits.com を立ち上げた理由の一つは、発想を転換させることだった。このサイトは、施設をあらゆるレベルで持続可能にさせることを検討中の展示デザイナーを対象としている。ベーカーとロビンソンは、 10 年近い経験を元に、グリーン化を成し遂げた自分達の経験に賛同を得るだけでなく、同じ分野で働く人々に良い開始点となる貴重なリソースを提供することを目指している。 現在は、 Ford 、 Nike 、 Starbucks を始めとする数々の大手企業が持続可能性に注目しており、ベーカーとロビンソンが 1997 年に調査を始めた頃と比べて、利用できる情報は豊富にあるという。しかし、こうした情報の多くは建設業界の企業を対象としたものであり、博物館・美術館専門のものではない。 GreenExhibits.com では、このような情報の一部を博物館・美術館の分野に置き換え、他の施設が独自に情報やパートナーシップを追求するための参考資料となることを目的としている。 「究極的には、各施設がすべての分野において持続可能性を導入してくれることが目標です。」とベーカーは言う。つまり、建築物、清掃用具、リサイクル、そしてそれ以外のすべてにおいてだ。 完全な状態では、サイトは次のようなセクションで構成されている。 • 展示用に使用できるグリーン素材の写真。 • 世界各国で成功を収めているグリーンな展示および博物館・美術館プロジェクトの写真とケーススタディ。 • 幼児期、教育、博物館・美術館コミュニティにおけるグリーン志向の必要性をまとめた、プロジェクトの背景。 • 地元に密着したイニシアチブを促進させることを意図した、全米各州における持続可能性の取り組み、イニシアチブ、関係者へのリンク。 • グリーン展示デザインに関係する主要な文献のリスト。 • サイトのユーザーから寄せられた、全米各地で行われているグリーン展示デザインのワークショップやプレゼンテーションの告知。 • 博物館・美術館運営のあらゆる側面においてグリーン理念を「組織化」させるために役立つ情報。 • グリーン・デザインの専門家がホストを勤めるチャットルーム。 このようなリソースへの需要は確実にある、とデザイナー達は口を揃える。オープン以来、「 First Feats 」の評判は業界内に広まり、他の博物館・美術館の代表が毎年約 20 名あまりマディソンを訪れ、それぞれの施設で同様の取り組みを達成させるためのアドバイスを求めてくるという。 「実に数多くの博物館から、独自に幼児向けの展示を開設するにあたってジョンとブレンダにアドバイスを求める問い合わせが来ています。」とマディソン子供博物館のエグゼキュティブ・ディレクター、ルース・シェリーは語る。「当館としても誇らしいですね。」 子供博物館協会のエグゼキュティブ・ディレクターを務めるジャネット・ライス・エルマンは、「グリーン志向」現象は「新たなトレンドの始まりである」と指摘する。「トレンドはまだ初期段階にあると思います。資金的にも、時間、そして専門知識としても、これは大きな投資です。環境的に適切な空間を構築することは従来の建築よりも費用がかかります。しかし長期的には、エネルギーの節約といった意味で、施設の利益になるはずです。しかしながら、将来、資本を投じたゴールが目前に迫ってくる頃にどうなっているのかを予測することは困難なことかもしれません。」 世界には子供博物館が 300 箇所以上存在している。つまりマディソンの小さな施設が挑戦し、到達しようとしているオーディエンスは実に莫大な数が存在しているのだ。しかし、いくつかの施設はすでにそれぞれの建築物あるいは展示にグリーン・デザインをすでに導入しているか、あるいは将来的により持続可能なデザインを採用する計画を立てていることをベーカーは知っている。こうした施設は、ボストン、コロラド州デュランゴ、ニューメキシコ州サンタフェ、ニューヨーク州ブルックリン、フロリダ州ネープルズ、ピッツバーグなど、全米各地に広がっている。11月には、ピッツバーグの子供博物館で全米初の「グリーン」な子供博物館がオープンした。新たに大型のウィングが加わり敷地面積が20,000平方フィートから80,000平方フィートに拡大された同博物館は、旧来の構造は維持しながら持続可能性の標準に合わせて改良を加え、増築部分は持続可能性の標準に合わせて建設した。施設は100パーセント再生可能なエネルギー(太陽熱と風力)で運営され、高い割合で再生資源を用い、庭園は非灌漑造園術を採用している。「博物館の拡大と新たな空間の制作にあたり、環境に配慮することが非常に重要だったのです。」と博物館のマーケティング・ディレクター、ビル・シュラゲターは語る。 博物館の変革に必要なのはこのような「基本的な価値観にコミットすること」であると、エルマン言う。そしてこの条件を体現しているのが、マディソン子供博物館なのだ。 「マディソン子供博物館は、グリーン展示と建築デザインの分野における啓発では、リーダー的な役割を果たしています。これはマディソン子供博物館の設備と文化の中核となり、この施設の本領となりました。グリーン・デザインへのコミットメントという面でのマディソンのリーダーシップは、この分野の水準を非常に高めてくれたのです。」とエルマンは結論する。 将来を構築する マディソン子供博物館は、主にこの 2 人の展示デザイナーの努力の結果、 2004 年には「持続可能性のミッション・ステートメント」を採用するまでに発展した。このミッション・ステートメントでは次のような事柄を掲げている。 • すべてのビジネス意思決定に持続可能性の基本原理を導入する。 • 戦略的な協力を追及する。 • 製品、サービス、材質の設計と開発において、子供達とコミュニティの長期的な衛生に配慮する。 「重要なのはグラデーションです。」とベーカーは解説する。「世界中にとって最良な方法ですべてのことをやろうと思っても無理なんです。私達にはそのためのリソースがないのですから。しかしその方向へステップを踏み出すことは可能です。」 マディソン子供博物館は、今後 3 年間のうちに大きなステップを踏み出そうとしている。同博物館では、総敷地面積を現在の2倍にする増設工事を予定しており、ここでもよりグリーンな設備の実現を目指している。既存の博物館を一新することは困難であり、ギャラリー・スペースの閉鎖を必要とする費用のかかる仕事である。新しい構造は、博物館が可能な限りナチュラルな形になるための、空白の石板となる。 「これからの子供達が大人になっていく中で直面する最大の課題は、私達が現在の生活様式で及ぼしている資源への影響を調和させ、改善させるためのクリエイティブな解決方法を見出すことだと、私は思っています。」とベーカーは言う。 「結果を先送りにするとか、責任を転嫁するということではありません。」とロビンソンが付け加える。「私達が辿ってきた軌跡を認識し、責任を取るということです。『First Feats』のような空間が、こうした意味でインスピレーションを与えてくれることを願っています。」 リプリーのベストセラー 編集者注記 : Funworld News 編集者ティム・オブライアンは、ボブ・マスターソンとは 15 年来の知人であり、現在はリプリー・エンターテイメントでマスターソンに直属の出版・コミュニケーションズ担当副社長として勤務している。 ボブ・マスターソンが 30 年以上も前にリプリーの神秘に触れて以来、彼が他の仕事に就くことはなかった。 1973 年、マスターソンはベトナム戦争から帰還してサンフランシスコに住居を定め、サンフランシスコ・クロニクル新聞の正面玄関警備員として働き始めた。しかし同時に、もっと良い仕事口を求めて職業斡旋所にも登録!していた。 ある日、斡旋所から美術館の管理に興味はあるかという電話があった。彼の頭には、ピカソ、ワイエス、ダビンチなどが思い浮かんだ。「教えられた住所に行ってみると、それがリプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット!(リプリーの信じるも信じなくも!)博物館でした。」とマスターソンは当時を振り返る。「ロビーに入っていくと、ドラム缶と大きな蛇口が空中に吊るされたようになっていて、その間を水が流れていました。それを見たとたん、虜になってしまったのです。私は仕事を引き受けることにしました。」 リプリーで働き始めた最初の年のうちに、マスターソンはリーダーとして、そして先見者としての才能を発揮しはじめた。サンフランシスコで 1 年を過ごした後、彼はフロリダ州セントオーガスティンにあるもっと大きな博物館に転属され、ゼネラル・マネージャの業務を学び続けた。その後もテネシー州ガトリンバーグの博物館、そしてサウスカロライナ州マートルビーチへと転々とした後、 1980 年に全リプリー博物館の運営担当副社長に任命された。その後もいくつかの昇進と役職の変更を経て、1989年に社長に就任、現在もその地位に就いている。 今日、リプリー・エンターテイメントは 10 か国に 50 箇所のアトラクションを所有、運営しており、アクティブなライセンス・プログラム、成長を続ける出版プログラム、シンジケート・テレビ番組を所有している。「ビリーブ・イット・オア・ノット ! 」コマ漫画ロバート・リプリーは 1918 年に連載を開始し、現在も 42 か国の約 200 紙で連載を続けている。 事業は順調で成長を続けている、とファンワールド誌に語るマスターソンは、 2004 年は記録的な一年だったと指摘する。収入は 24 パーセント増加し、純益は 18 パーセントの伸びを見せた。リプリー社のアトラクション動員数は 1200 万人を超え、最新刊の「ビリーブ・イット・オア・ノット ! 」ハードカバー本は売上約 75 万部を記録し、ニューヨーク・タイムズのベストセラー・リストで第 5 位にランクされた。リプリー・エンターテイメントの親会社である、カナダに本社を置くジム・パティソン・グループもまた、 2004 年に記録的な利益を上げた。 「当社が一般の傾向に逆行した理由は主に 2 つあります。」とマスターソンは語る。「まず第一に、当社は常に立地条件の重要性を理解していました。最高の立地条件では、景気低迷の時期でも影響が最も少ないものです。第二に、ほぼ90年に渡って市場に存在しているリプリーのトレードマークの力は、これまでと変わりなく ― いやむしろこれまで以上に ― 強力になっています。」 テレビ番組「リプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット ! 」も、業績に貢献したとマスターソンは指摘する。「当社は現在、 20 か国において 120 の異なる市場に番組を販売しています。これらの市場の一部では、毎週10回も番組が放送されているところもあるのです。リプリーのブランド力は強く、知名度も非常に高いので、すべての分野で相乗効果が得られています。」 ブランチ開拓 2004 年に、リプリー・エンターテイメントは新プロジェクトに 2 億カナダドル(約 1 億 6100 万 US ドル)を投じ、エンターテイメント業界の新しい分野に思い切って進出を果たした。リプリー社はナイアガラのグレート・ワールプールのカナダ側に位置するナイアガラ・リバー・ゴージに 25 エーカーもの土地を購入し、グレート・ウルフ・ロッジのフランチャイズ第一号を購入したのだ。リプリーズ・グレート・ウルフ・ロッジは、今日までに存在する同様の施設では最大の規模を持ち、オール・スイートルームで 406 室、 94,000 平方フィート(約 8700 平方メートル)の屋内ウォーターパーク、スパ、レクリエーションエリアを備えている。このリプリーズ・ロッジは2006年中旬のオープンを予定している。 「ウォーターパークは当社の得意分野に適した業界であると見て、数年に渡って市場を観察してきました。」とマスターソンは語る。「ナイアガラ・フォールは巨大な市場であり、リプリーも1950年以来事業を展開しています。現在は、リプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット!博物館と、リプリーズ・ムービング・シアターというモーションベースのアトラクションを運営しています。また、新たにルイス・タッソー蝋人形館をオープンする準備も進めています。」 ロッジに隣接するのは、同じくリプリーが所有する面積 115,000 平方フィート( 10683 平方メートル)の世界第 3 位の巨大水族館、リプリー水族館カナダだ。リプリー・エンターテイメントが出資、建設、運営を行うこの水族館は、 2007 年にオープンを予定しており、これによってリプリーは世界最大の水族館経営企業の地位を確立させることになる。マスターソンは現在、カナダで他にもグレート・ウルフ・ロッジを建設するロケーションを検討中だというが、今のところは「米国でスタンドアロンのウォーターパーク」を建設する計画を進めているという。 リプリー社が拡張しているもう一つの分野は、ミニチュアゴルフをべースにした家族向けの娯楽センターである。リプリー社は 2 つめのミニチュアゴルフセンター、 54 ホール・リプリーズ・オールドマクドナルド・ファーム・ミニチュアゴルフをオープンしたばかりだ。4000平方フィート(371平方メートル)のスーパー・ファン・ゾーンから成るこの施設は、テネシー州ガトリンバーグにあるリプリー社の6つのアトラクションから数マイル離れたセビアビルに所在する。現在、フロリダ州キスミーにおいて、ウォルトディズニーワールド・リゾートの入口から数分のところに、スーパー・ファン・ゾーンを備えたもう一つのオールドマクドナルド・ファーム・ミニゴルフコースが建設中である。 買収や独自の製品の開発を通じて、リプリーは過去 2 年間のうちに収入と純益の両方を倍増させた。マスターソンは、今後24か月間のうちにさらに収益倍増を見込んでいる。 マスターソンおよび彼が率いるリプリー・エンターテイメントの有能なエグゼクティブが触れるものすべてが黄金に変わるのはなぜだろうか。自らを「アルファ・アニマル」および強力なリーダーと定義するマスターソンは、答えは簡単なことだという。「私は決断を下すことを恐れていません。それが新しい分野に踏み入れる際の原動力となるのです。大きな決定を下すのを恐れる人もいますが、それでは結局会社の成功のきっかけを消してしまうことになるのです。」 マスターソンは、自分の下した決断がすべて上手くいったわけではないと言う。「もちろんですよ」と彼は笑う。「失敗もしました。それでも、常に立ち直ってきました。」アミューズメント・レジャー・ワールドワイドのCEO、ブルース・ダレンは、マスターソンの成功の理由は、彼が「ビジネス界では稀に見る、資金を超えて物事を見ることができる能力と技量を持っている」からだと証言する。 クリエイティブな人間としてのマスターソンの芸術は、画家やミュージシャン、彫刻家のそれとはどれも違う。彼に認められた能力は先見者としての技量だ。彼は物事を見て、その可能性を読むことができるのだ。それに加えて正しい決断を下す能力を併せ持っていれば、物事を達成させる力を持ったクリエイティブな人間ができあがる。「人々は私のアイデアの多くをクレイジーだと言います。でも私は一度何かに信念を持ったら、実現させるまでは進み続けることを止めません。」 時には、自分のアイデアを他者に売り込むことが困難なこともあった。「最初の水族館の承認をもらうまでに私は取締役会に 4 回説得を試みました。グレート・ウルフ・ロッジの時も4回かかりましたよ。」と彼は振り返る。「一度承認を得れば、取締役会は 100 パーセント私を支持してくれました。」 リプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット ! フランチャイズ 2 箇所の所有者で、 IAAPA 前会長のビル・シムスは、 30 年以上に渡ってアトラクション事業に携わっている。「私のキャリアの中で数多くの人に知り合いましたが、ボブは一緒に仕事をしていて、この人はこの業界を本当によく心得ていると実感した数少ない人間の一人です。」とシムスは評する。「彼はこの業界を真に理解した先見者です。」 基本理念 マスターソンは、彼が開眼するまで、彼の会社は何ができるか、そしてどうやれるかという視点に限界がある企業だったという。「そのとき、私はリプリー・エンターテイメントが本当にやってきたことに改めて気づいたのです。」とマスターソンは言う。「何年もの間、我々は当社の事業とはリプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット!博物館を所有し、運営することだと思ってきましたが、当社が実際にやってきたことは、家族での楽しいひと時を売るという仕事だったのです。そのことに気がついたとき、まったく新しい事業機会が開けました。この開眼が、当社の成長のきっかけだったのです。当社は人々を楽しませる方法に長けていますし、チケットを売る方法も心得ています。」 単独の製品だけを販売しているのではなく、楽しいひと時を売ることが仕事だということに気づくやいなや、マスターソンは新製品の模索と制作に全力を注いだ。彼が行った最初の大きなブランド拡張は、マートルビーチにリプリーズ水族館をオープンしたことだった。さらに、リプリーズ・ホーンテッド・アドベンチャーズ、リプリーズ・ムービング・シアターズ、リプリー独自のインタラクティブ・ミニチュアゴルフ、セントオーガスティンの観光列車、ルイス・タッソー蝋人形館ブランドのリバイバルなどがこれに続き、現在はロッジングに至っている。 高度にインタラクティブでアニメーション化されたミニゴルフコースは、他に類を見ない娯楽施設だとマスターソンは説明する。「長年に渡ってこの業界を牛耳ってきたアドベンチャーゴルフ・ミニチュアゴルフ・コースからは一線を画するものでした。各ホールがインタラクティブな、家族向けの楽しい内容になっています。」 カナダ第三位の私企業ジム・パティソン・グループの一部門として、リプリー・エンターテイメントが新しいプロジェクトの資金を調達するのに問題はなかった。その代わり、すべての拡張は自己資金によるものだった ― 真実はフィクションよりも強く、奇妙で、興味深いと信じて止まなかった男の名前を名づけられた、この一癖あるエンターテイメント企業には、これも冒険だったことは言うまでもない。 リプリー・エンターテイメントは独自の製品を制作するだけでなく、強力なサードパーティ・ライセンス・プログラムも運営している。「当社は広範に及ぶ著作物のライブラリを保有しており、中にはロバート・リプリーが最初のビリーブ・イット・オア・ノット ! 漫画を描いた 1918 年当時までさかのぼるものもあります。」とマスターソンは指摘する。「一番最近のものでは、リプリーズ・ビリーブ・イット・オア・ノット!ピンボールマシン、スロットマシン、本、ゲーム、カレンダーのライセンス化を行い、パラマウント社と映画化の契約も結んでいます。」 ダレンは、マスターソンがリプリー・エンターテイメントの多角化をここまで成功させた理由として、こう語っている。「ボブは箱の外側を考えることができるのです。そして楽観的な性格の持ち主であり、常に物事を広い視野で捉えています。」 センダンは双葉より芳し シカゴの南側の家畜置き場の裏に住む、貧しいアイルランド系の家庭に生まれたマスターソンは、必要に迫られて幼年のうちから商才を発揮していた。 8 ~ 9 歳の時、彼はガラの悪いアイルランド系パブや近所のバーに出かけては靴磨きの仕事をした。また同じ頃、肉屋でも働いた。「肉屋では 1 週間の給料が $7 でしたが、靴磨きでは時には一日で $30 稼ぐこともありました。」とマスターソンは語る。「あ{ | |||||||||||||||||||||||||